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家族と菊池と当たり前の話

 

 

わたしはとうとう正社員になる。

 

三年近くもの間ずっとフリーターだったけれど、晴れて社会人として生きていくことができる。これでやっと普通に近付ける、当たり前のことができる人間になれる。そう考えると嬉しくて堪らなかった。

 

もうすぐ父親が仕事を辞めて二年になる。

少し遅く起きて、テレビを見て、ご飯を食べて、またテレビを見て、お風呂に入って、ご飯を食べて、テレビを見て、寝る。それだけの生活をあの人は二年もの間続けてきた。

というより、それしか出来ないんだと思う。

父親と同じ精神科に罹っているので、先生に父親のことを毎月聞くのだけれど、先生が「実は」と口を開いた。

わたしは統合失調症。恐らく小学校低学年の頃から。父親は鬱病、の筈だった。

けれど先生はわたしにこう言った。

「りょうこちゃんの統合失調症はね、お父さんから来てる。そしてそのお父さんも、両親のどちらかから遺伝している」

薄々分かっていた。人目を気にするように辺りをギョロギョロ睨みつけること。異常に神経過敏になったこと。リビングの真ん中で直立不動のままボーッとしていること。これら全部、わたしの容体が一番悪かった頃と一致していた。そして極め付けは、わたしと同じ薬を飲んでいたこと。

やっぱりか。悲しいだとか辛いだとかよりも、わたしの推測が当たっていた事を不思議とすんなり受け入れられた。

先生の「きっとお姉さんはお母さんに似て、りょうこちゃんはお父さんに似たんだね」という言葉も、それについては昔からよく分かっていたので、「そうなんですよね。父によく似てるんです、わたし」と言った時に何故だか涙が込み上げてきて少し泣いた。

 

姉はもうすぐ結婚するらしい。母に似て健常者として生きられて、精神科なんて未知の世界といった人で、皆んなに愛されていて、人生で初めて付き合った人とゴールインする。

 

許せなかった。

 

同じ親同じ家庭で育った二つ違いの姉。何故姉はこんなにも普通なのに、わたしは精神障害者なのか。

わたしが何か悪い事をしたのだろうか。前世でどんだけの悪行三昧だったのだろうか。

きっとこの問題は誰も悪くない。わたしも姉も両親も。頭ではそう分かっている。分かっているのに、姉の人生を滅茶苦茶にしたくなる。

お花畑のような脳みそをした姉を絶望させたい。死んだ方が救われると思うような状況に陥ってほしい。そう思ってしまう。

 

わたしは菊池と結婚したい。それは彼を心から愛しているから。家族になりたい。一番近しい存在になりたいから。

でも本当は無意識の中で、わたしも"""当たり前"""の人生を歩む普通の人になりたいからなのかもしれない。

結婚をして子供を産んで育てて、そういった世の中の大半の女性がしているであろう過程を歩みたい。普通の女性になりたい。そういった気持ちから来るものなのかもしれない。

だとしたら、菊池は絶対にわたしと結婚なんてしてはいけない。わたしは菊池を愛していると言いながら、自身のエゴのために菊池と一緒になりたいのかもしれないから。

 

菊池はわたしの事を本当に可愛がってくれて、愛してくれて、わたしという存在を認め、受け入れ、尊重してくれている。だからここまで生きてこれた。

わたしは2年間ずっと、毎週日曜日のためだけに働いてきた。そして今月には正社員になる。

菊池や姉のようになりたい。健常者になりたい。普通でありたい。

 

わたしはただ、皆んなの歩むような"""当たり前"""が欲しいだけなのに。